令和四年八月十日 茅ヶ崎にゆく
茅ヶ崎館、二番、夜。 月明かりに照らされ、室内がぼうっと白く浮かび上がる。 密閉された部屋は街の雑音を濾過し、海鳴りだけが響く。 それに応えるかのように、風でガラス戸が震える。 電車か車か、あるいは船か揺り籠か。 寄せては返す規則的な音は、なにか乗り物を思わせる。 
103  夜の海』は『晩春』のラストシーンのタイトルである。 深夜、小津安二郎は102のシーンを書き上げ、完成させるつもりでいた。しかし興奮で眠れず、茅ヶ崎館から夜の海に散歩に出かけ、その偶然が『晩春』の最後を変えた。 この短編映画は、その出来事がテーマであり脚本にもなっている。
 茅ヶ崎館を舞台に、小津の散歩という行為、そして眺めた風景を巡るシネエッセイ。 
103  夜の海   ゆったりと大きくうねって、ザ、ザ、ザーッっと渚に崩れる波……。」『小津安二郎全集』より